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「本当に何もされてないんだな?」

「ほら、服だっていつもどおりだし、傷も何もないでしょう?だから少し落ちついて、ダーリエ」

 気を失ってしまった鴎を地面に寝かせ、メーヴェは二人への説明を続けていた。

『偶然、奏甲の格納テントに召喚され話を立ち聞きしてしまった』

 事実を知るメーヴェはともかく、他の人間を納得させるにはあまりにできすぎた話だ。

「けど、こないだのナインとかいう機奏英雄の話もあるです。怪しいです!」

「マリィちゃんも考えすぎよ。そもそもだったら、私たちのところでなく彼の方に向かうのが筋でしょう。違うかしら?」

 幸いなのは彼女たち二人がメーヴェにとって好意的な人間であった、ということだろう。それでも根気よく説得を続け、二人を納得したのは日付が変わってしまう頃であった。

「……それじゃ、こいつが無罪だったとして、どうする?」

 ダーリエは気絶したままの鴎を背負い上げる。メーヴェの無事さえわかれば、彼女は英雄だとかアーカイア人とかには拘らなかった。

「まぁ……すぐ無罪放免とは言えないでしょうね。暫く、わたしたちに付き合ってもらうことになるかしら」

 軽くため息をつき、メーヴェは二人に答えた。少なくとも秘密を知られた以上、今世間に出てもらうわけにはいかない。それに今の騒ぎは見回りの仲間も恐らく聞きつけているだろう。下手に隠したところで詮索されるのは想像に難くない。

「じゃあ、こないのと一緒に物置にいれておくですよ。見張りの人にもいっておくです」

「……あまり、乱暴にはしないであげてね」

 メーヴェの言葉を背に受けつつ、少女は明るい茶髪を揺らして闇夜へと消えていった。

「……ふぅ。なんでこう、ここのところ厄介事が続くのかしら」

「因果、なのかもしれないね。……ねぇメーヴェ、あんた本当にアレの歌い手になるつもりなの?」

 飛び出ていったマリィを見送りながら、赤毛の歌姫はメーヴェへと話題を切り替えた。その言葉の震えは何かへの不安か。

「えぇ、そのつもりよ。ダーリエや長には勝てなくても、わたしだって奏甲を扱う以上歌姫としての鍛錬はしているわ。それに今は人手が足りないって話はしたでしょ?」

「けど、アタシと組むってことは……」

「わかっているわ。歌姫のための剣、キューレ冷たいヘルト英雄……これは設計者としての義務なのよ」

 メーヴェの瞳に怯えはあっても、迷いの色はなかった。

「なら、何もいわない。けど、忘れないで。ポザネオを出たときから、アタシはあんたのために生きるって決めた。それは自由民になった今も変わらない。だから、何でも遠慮しないで。アタシはあんたのためだけに動く。絶対に一人で無茶しないで」

「……ありがとう」

 一緒に暮らすようになって何度目か判らない感謝の意を、メーヴェは短い言葉と、赤毛の相棒へのキスでしめした。


  鴎が目を覚ました時、またも周囲の様子は一変していた。あまり大きくないテントに所狭しと積み上げられたよくわからない道具の数々。入り口から差し込む日差しをみるに、気絶している間に半日以上は過ぎてしまったようだ。
 あの少女にやられた後、牢屋か何かのかわりに物置にでもほおりこまれたのか……。

「やーっと、起きたか。捕まってきたにしちゃ、いい眠りっぷりだったぞ」

 背後からかけられた声が鴎の思考を遮った。振り向けば、そこには手かせ足枷を嵌められた中年男性が面白そうに彼を観察していた。がっしりとした体格とぼさぼさの金髪はアメリカ人のようだったが、ここ異世界に現実世界の国を持ち込むのも場違いだろうか。

「安心しろよ、ジャパニーズ。俺は正真正銘の現世人のアメリカンだ。そもそも男はアーカイアにいねぇだろうが」

 少し自分はポーカーフェイスというものを学んだ方がいいのかもしれない。鴎はそんな場違いなことを考えた。そして、慎重に相手の出方を伺うように質問をひねり出す。

「えぇと、あなたは英雄?……あ、っと。Who……are you?」

「別に無理に英語でなくても構わんぜ。伊達に20年在日米軍やってたわけじゃねぇ。それにここじゃどうせ、どれでも誰にでも通じるんだからな」

 返ってきた流暢な日本語に鴎は少なからず驚きを感じた。

「え、えーと、あなたも機奏英雄?」

 男はおどけた様子で頷き、在日米軍所属ナイン・メイブリーチ陸軍曹長だ、とおどけた様子で返事をよこした。鴎も自らの名を名乗りかえす。

「かもめ、か。変わった名前だな」

「……そういう文句は親にいってください」

 だが、言葉とは裏腹に鴎はこの何気ないやり取り……初対面の挨拶のたび繰り返されるそれに少し安堵を覚えた。

「ははは……いや、いい名前だと思うぜ。神奈川の県鳥だろ?キャンプ座間も長かったからな、知ってるぜ?」

「あ、おれも神奈川県民ですよ。ずっと前、親がそれが由来だっていってた」

「お、ドンピシャかぁ?」

 共通の話題が見つかった事は二人の心に親しみをわかせた。ほどなくして、くだらない世間話、異世界のこと、様々な話題の花が二人の間に満開となった。
 ナインは鴎より少しは幸運な召喚をされたらしく、異世界の常識の多くを教えてくれた。女しかいない異世界アーカイアでは、メーヴェから聞かされた奇声蟲の襲来が過去あった時に絶対奏甲を駆る事のできる男性が召喚され、今も英雄視されている事。今も世界各地で鴎やナインのように召喚された多くの英雄が戦っている事。そして英雄を助け戦う、歌姫の存在。

「アーカイアに溢れる『幻糸』を歌で織って奇跡を起こす、って……まるで魔法みたいですね」

「まぁ似たようなもんだ。西洋の魔女とかより、王族とか特権階級に近いけどな。またそれが厄介なんだわ……」

 自分の境遇か、世界の情勢かにため息をつき、ナインは話を続ける。
 かつては歌姫というものは厳しい修行と、アーカイアの最高機関である評議会の試験を潜り抜けたものだけがなれるエリート職だった。だが奇声蟲襲来に前後して、評議会は今までのやり方を覆した。理由は単純、英雄の数に見合うだけの歌姫がたりなかったのだ。

「そこで連中は宿縁の英雄……簡単に言うと相性のいい相方ってとこだ、まぁそれだけじゃねぇんだが……それが見つかったやつは誰でも歌姫に慣れる。そう宣言しちまったのさ」

 そしてもう一つ明かになったことがある、とナインは付け加える。実は歌術を行使する事は訓練など必要ない。ただ使うだけなら歌姫の証である首飾り、歌姫のチョーカーさえあればよかったというのだ。

「で、でもそれじゃ今まで必死に歌姫になった人は……」

 鴎は受験に苦しむ自分の横を特別枠で労なくすり抜けていった連中の事を思い出し、抗議の声をあげた。

「そう、納得するわけがねぇ。で、辿り付く結論は一つ……すべて英雄が悪い。英雄なんていなくなればいい。そう考えたのがここの連中……自由民という組織さ」

「んなっ、無茶な……」

 自分たちで呼んでおいてそれはないだろう、という言葉を鴎は何とか飲み込んだ。入り口からの日差しが遮られ、誰かが見張りの女性と話している声に気づいたからだ。……恐らく今までの会話も外に漏れていたのだろうから、あとの祭りなのかもしれないが。
 現れたのはメーヴェと長身の赤毛女性、ダーリエの二人だった。

「怪我は……大丈夫そうですね。昨日は、ごめんなさい」

 敷布に腰をおろし、心配そうに様子を伺うメーヴェ。鴎はダーリエの値踏みすような視線に妙な気恥ずかしさを覚えた。

「あ……まだ、紹介してなかったわね。彼女はダーリエ、わたしの昔からの親友です」

「……よろしく」

 親友、と紹介されても一日も経たないうちに命を狙われた恐怖が消えるわけはない。鴎は遠慮がちに挨拶を返しつつ、さりげなく彼女から距離を取った。

「そんなにびびらなくても、もう切りかかりゃしないよ。あんたのことはメーヴェが随分心配してるからね。アタシもあの初撃を避けた動作には感心してる」

「は、はぁ……」

 何だか押しつぶされそうな人だ。彼女の長身と内側から弾けそうなスタイルに鴎は圧倒されながら、曖昧な返事を返す。

「それで、おれたちはこれからどうなるんです?」

「それにはわたしが答えるわ。さっき、そちらから色々聞いていたようですが、わたしたちはアーカイア人による奇声蟲放逐を目指す自由民。英雄を長く置いておくことはできません」

「ま、あんたは事情が事情だからね。マナ様……ここの長に話して、街の近くで離すってことになった。悪いけど、用事が済むまでは暫くこのままだね」

 とりあえず即殺されるということはないらしい。ダーリエの返事に鴎は軽い安堵をおぼえた。
 軟禁状態ではあるが縛られたりしているわけでもないし、最低限の生活は保障してもらえそうだ。だが、話を聞いていたナインが口を開いた途端、二人の空気は一変した。

「んで、俺の枷はいつ解いてもらえるかな?」

 乾いた破裂音がテントに響く。凄まじい早業。ダーリエの右腰から抜かれた鞭が、ナインの眼前の地面を叩いたのだ。

「そういうことは自分の立場を考えて言いな。この忙しい時でなけりゃ、洗いざらいゲロさせて首を刎ねてんだ。いきてられるだけありがたく思うんだね!」

「だからそりゃ誤解だっていってんだろうが……ったく、ヒステリーはかっこわりぃぞ?」

 ダーリエの怒りの矛先を軽口でかわすナインだが、先ほどまでの余裕はそこにない。

「あなたの尋問は奏甲試験が終わり次第に開始します。それまで、せいぜい余生を楽しんでなさい」

 メーヴェの言葉もまた険しい。鴎が重苦しさに耐えられず口を開く前に、二人は来た時はうってかわったとげとげしい雰囲気でテントを後にしていく。

「……いったい、なにをやったんです?」

 雰囲気が薄れた頃を見計らって鴎はナインへと声をかけた。

「んー。さっき話した相方、俺の半身が死んじまってな。どうするかって迷ってる時、知らないうちにここに侵入しちまって、だ。あとは、お前同様スパイ扱い。……歌姫不要のケーファなんて使ってたのがまずかったかね」

「あ、えっと……すいません……」

「気にすんな。……事実は、事実だかんな」

 相棒が死んだ。あまりにあっさり語るナインに鴎は衝撃を受けた。戦いをする以上、そういう可能性も大いにあるのだ。
 だが、その衝撃ゆえ鴎は話の違和感に気づかなかった。まるで話すことを選んでいるようにナインが不自然に言葉を途切れさせた事。まるで話したくないことがあるかのように。

 (このことはあまり聞かないようにしよう)
 鴎のその考えはナインの全てをしるまでの時間を僅かに先延ばししてしまう事になる。

 

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