Prologue.


 (自分の居場所なんて、この世界にはないのかもしれない)

 そんな風に考えるようになったのは何時の頃からだろう。冬の寒風の中、何校目かも忘れた大学の合格発表を眺めながら、宇崎鴎はそんな事を考えていた。
 1161、1166、1167、1169……思考とは無関係に視神経を通して流れ込む番号が脳内をすり抜けていく。まるで家畜につけるタグナンバーみたいだと、友人とブラックジョークを交わした事もあったか。もうそんな事も考えなくなってしまったし、今では一緒に立つ仲間もいなくなっていた。
 1180、1181……1183。少年は自分の番号がすっぽり抜け落ちた合格者番号を確認すると、歓喜と落胆にざわめく会場を後にした。
 携帯電話を取り出し、自宅の番号を呼び出す……いつものように、耳に返ってくるのは機械的な録音案内だけだ。

 (また、兄貴の世話を焼きにいっているのか)

「もしもし、おれ。かもめだけど。K大は駄目だった、夕飯前には帰るから」

 いつものように形式的な伝言を口にする。孤独には慣れていた。大手商社に勤める父、有名私立大学へ通う兄、そして平凡な自分とあれば、母の注意が向かないのなど当然の事だろう。少なくとも鴎はそう考えていた。それに歯向かいたかった時期もある。高校時代、二流と言われた剣道部に熱を上げたのもそうだ。身体でなら、負けない。そう思いたかった。だが結果は県大会にすら出れぬ惨敗……同輩たちは早々に見切りをつけ受験勉強へと打ち込んでいた。
 そして、部活も、勉強も、割り切れなかった鴎だけが今ここに一人残っている。
 
  都会の冬は寒い。鴎はベージュのマフラーをしめ直し、駅の階段を昇る。随分古くなってしまったが、もうずっと前に家族で出掛けた時に皆で買った物だ。そんなに高いものではない、だが鴎は家族の繋がりを感じるこのマフラーが好きだった。

 (ずっと、あの頃のままでいたかった。何も知らない子供のままなら、馬鹿なことを考える事もなかったのに)

  現実逃避である事は判っている。しかし寒風交じりの冬の陽気に、鴎はそんなことを考えずにはいられなかった。風はますます強さを増し……

 (……風?)

 鴎は異状を感じ、足を止めた。もうそろそろ駅の中に入ってもいい頃じゃないか……?!

  『あなたの望むべき場所へ ここではない何処かへ』

   女性の声が心へと響く。初めてなのに、どこかで聞いたような、懐かしい声

「だ、誰だ!何だよ、これはっ?!」

 声の元を探す鴎の目に最後に映ったものは、見も知れぬ光景だった。

  『Ru……Li……Lu……Ra……』

幻奏戦記Ru/Li/Lu/Ra〜機奏彷徨異聞〜

#1『ここではないどこかへ』

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