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 キューレヘルトの操縦席……奏座は思った以上に生物的だった。胸部に開いたバケットシート状の奏座へと鴎が腰をおろすと、奏座は枯れ枝を折るような軽い音共に変形し、新たな主を包み込む。

「簡単に説明したと思うけど、奏甲は『かく動かさん』という奏手の意志で動くわ。さぁ集中して!今から織歌をつむぎます……」

 メーヴェの説明が言葉を解さずして伝わってくる。歌姫と絶対奏甲を繋ぐ鋼糸の効果だ。鴎は試しに開け放たれている奏座を閉じるように念じると、瞬く間に前面装甲が展開され、同時に鴎の視点は奏甲のそれへと切り替わった。鴎は突然の視界の変化に驚きながらも、響き始めるメーヴェの歌声に慌てて精神を集中する。

「Ru……聞け……Lu……見よ……Ra……思い出せ……我らが誇り……Ra……」

 その優しげなソプラノに反し、歌詞は極めて荒々しく力強い。自由民たちが自らを鼓舞するために作った軍歌なのだろうか。歌詞に鼓舞されるように立ち上がったキューレヘルトは自らを包み込むテントの残骸を引きちぎり、自由民キャンプの只中へとその姿をあらわにした!
 鋼鉄の巨人の出現に向き直る3匹の奇声蟲たち。様子を伺う両者の間に緊迫感が走る。

「メーヴェさん、こいつ武器は?!」

『腰にバスタードソード、抜いて!』

 歌姫の返答を待たず、鴎は意志を込める。片手でも両手でも使えるように調整された長剣の長さは剣道を習った鴎にとって好都合だった。左腕に取り付けられた盾はとりあえず無視し、引き抜いた剣を正眼に構える。
 高まる戦いの意志が本能を刺激したか、先に動いたのは奇声蟲の側だった。フラウの身体を陵辱し尽くした奇声蟲が、産卵管をひきずったまま鉤爪を振り上げ突進する。
 鴎は自分で思った以上に冷静に奏甲へと指示を与えた。奏甲で戦うのに特別な技術は本来必要ない。だが、試合であれ戦いの経験で培われた度胸と知識は戦場において確実な差となってあらわれるのだ。鴎の脳内に描かれた型をなぞり、剣と爪は鋭く交錯した!

「胴抜きっ!めぇーんっ!!」

 バスタードソードの横振りが迫る鉤爪を弾き、がら空きとなった蟲の頭部へと渾身の袈裟切りが叩き込まれる。樹脂を割るようなキチン質が砕ける音と体液を周囲に撒き散らし、奇声蟲は動きを止めた。
 メーヴェはあらわとなった夕焼け空の下、織歌を紡ぎながらキューレヘルトの動きに見入っていた。

 (ダーリエと一緒の時は動かすだけでさえ凄まじい苦痛だったのに……)

 キューレヘルトの拘束能力は今も働き、心を締め付けている。だが、調律さえ行っていないに関わらず、歌うたびにやってくるあのハンマーのような衝撃は殆ど感じられない。

 (これが、宿縁の力……)

 技師としての心をあわせもつ歌姫の心は驚愕と、自分らの技術が未だたどり着けぬ世界への嫉妬を隠せなかった。

 一方、鴎は思わぬピンチへと見舞われていた。振り下ろした剣が地面へと突き刺さってしまったのである。殴打武器である竹刀に慣れ親しんできた鴎にとって、予想外のトラブルだった。目一杯力を込めて引き抜くように命じるが、その隙を奇声蟲たちが見逃すはずもない。

「RYYYYYYY!!」

 頭を揺さぶるような奇怪な声をあげながら、2匹の蟲が突進してくる。鴎はこみ上げる吐き気を抑えつつ、咄嗟に左腕を背後へと捻らせる。遅れて、衝撃。頭をめぐらすと噛み付こうとした奇声蟲の牙はシールドに受け止められ、砕かれていた。だが致命傷ではない!
 2匹の奇声蟲は体勢の崩れた巨人の胸に次々と鉤爪を振り下ろした。火花が飛び散り、奏座に衝撃が走る。

『あぁぁうっ!!』

 メーヴェの悲鳴と共に織歌が一瞬途切れる。思わぬ方向からの叫びに鴎はメーヴェの姿を探す。鋼糸を通して思考内に映し出されたメーヴェの姿……キューレヘルトが攻撃された場所と全く同じ胸元の、赤い染みに鴎は衝撃を受けた。

「メーヴェさん、まさか……!?」

『そうよ……多かれ少なかれ奏甲のダメージは同調している歌姫に跳ね返るわ……特に、キューレヘルトは……つっ……大丈夫。まだ歌えるから……続けて!』

 思念に続き、鴎の心に歌声が再度響き始める。だがそれには以前のような力強さは感じられない。確実に今の一撃はメーヴェの体力を奪っているのだ。
 鴎操るキューレヘルトと2匹の蟲の戦いはそのまま超接近戦へと移行した。鴎は蘇った死の恐怖と戦いながら、くわえ込まれた短剣付の盾……シュツルムシールドを両手で押し込ませた。剣は先ほどの突進で手放されてしまった。手にしたところでこの組み打ち状況ではたいした効果は期待できないだろう。

「負けるかっ……死なせるかっ!……死ぬもんかぁーっ!!」

 渾身の力を加えんとばかりに絶叫する鴎。強度の限界を超えた蟲の頭部が二つに裂け、胴体がぐらりと落ちていく。残り、1匹。しかし、完全に組み敷かれ、歌い手であるメーヴェが力を失いかけている今、残る1匹は今までで一番絶望的な壁となっていた。


 戦いの始終を目に収めながらナイン・メイブリーチはキャンプ内を走っていた。鴎の手を借り、枷を外して脱出した彼は当初そのまま逃げ去るつもりだった。

 (「ナインさんはみんなを頼みます!おれはメーヴェさんたちをみてくる!」)

 お人よしの世話焼きめ。奇声蟲が押しつぶす格納テントに走る鴎を、ナインは呆れながらそう評価した。気があったとはいえたかだか数日の付合い、命をかけてまで助けるつもりなどなかった……キューレヘルトがその姿を現すまでは。
 最初、ナインは自由民の生き残りが奏甲を起動させたものだと思った。だが腰から抜いた長剣を正眼に構える姿は日本の剣道そのままだ!

 (おいおい……そこまで付き合うかぁ?)

 そこまで考え、ナインは鴎と自由民の、ある可能性に行き着いた。やがて2匹の蟲が鋼鉄の巨人を大地に押し倒す様を見ると、遂に彼は荷物をほおりだし歩き出す。

「わりぃなリィト、仇討ちはちぃと延期みてぇだ。こいつをほおっておくのは……かっこ悪すぎる」

 呟きつつナインは手近な自由民を叩き起こし、救世主となる人物の居場所を聞き出した。自らの奏甲を倒し、この状況に対抗しうる唯一の人物の居場所を。


  しつこく振り下ろされる奇声蟲の鉤爪の前に、遂にシュツルムシールドのジョイントが引きちぎれた。キューレヘルトの最後の武器であり、防具だった装備は単なる金属片と化して地面へとおちる。丸腰となったキューレヘルトはなおも拳で抵抗を試みるが、それも長くは続かない。シールドを失った今、鉤爪が、牙が奏甲の身体を削り取り、メーヴェの全身に赤い死の花を咲かせていく。

『R……ぁ……か、もめ……うぁっ!あぁぁぁっ!!』

 (何とかしなきゃ……何とかって、何を何とかだよ?!ちくしょぉ、ちくしょぉ!おれ、結局何もできないままなのかよぉ!?)

 歌姫はもはや歌う力を失い、英雄の心は恐怖に飲み込まれた。自らを支える二つの力は失わった巨人はもはや動きを止め、奇声蟲は勝利を確信したように産卵管を胸部装甲の僅かな隙間へと挿入しようとする。

「あ、あれで……俺、殺されるのか……?いやだ、よせ、やめろぉぉぉ!!」

『落ち着きなさい、曲りなりにも機奏英雄がみっともない』

 恥も外聞もなく、よだれをたらし涙に顔をゆがめ、絶叫する鴎の心に、突然異質な声が接触した。鴎の疑問に答えるようにキューレヘルトは首をもたげる。戦場の端に捉えられたのは見知らぬ人物……いや、違う!
 鴎がメーヴェとであったとき、彼女が長と呼んだあの女性だ!
 新たな獲物の出現にまずそうな鋼鉄の塊をほおりだし、鉤爪を振り上げる奇声蟲。だが、彼女は全くひるまない。時折覗く全身の傷も気にならないように戦場の美女はその体を軽やかに躍らせ、歌を紡ぐ。

「聞け おろかなる者よ 世界をつくりし始原なる声を 大いなる神々の咆哮を!」

 メーヴェと対照的な、強く、鋭い歌声。今まさに襲い掛からんとする奇声蟲は、ステップと共に突き出された手に押し返されるように強烈に吹っ飛んだ。

『お…さ…?』

『礼ならあとでナインとかいうスパイに言ってあげて。あと一撃、できるわね?』

 メーヴェと長の会話をケーブル越しに聞きながら、鴎は一握りの意志を奏甲へと込めた。バスタードソードを引き抜き、立ち上がろうと悶える蟲へと疾走するキューレヘルト。

『汝らは剣 我らは盾 二つであって一つの力』

 テンポを変えたメーヴェの歌に呼応するように幻糸の流れが英雄の剣へと集中する。

『……ともにかなでよ 剣の 盾の ノクターン!』

「うありゃぁぁーっ!!」

 歌のクライマックスに重なるように咆哮する鴎。キューレヘルトの輝く剣が最後の蟲の胴体を貫いた。

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